hapirai:

私たちが知らない江戸「日本を愛した19世紀の米国人画家」が描いた、息遣いすら感じる美しき風景:DDN JAPAN

なんだこの生々しさ

僕らが知る “江戸” とは違う風景。19世紀の米国人画家 ロバート・フレデリック・ブラム (Robert Frederick Blum) は、1876年「フィラデルフィア万博」で日本文化に衝撃を受け、いつかその地を踏むことを夢に抱いた

14年後の1890年、上野で開催された「第三回・国内勧業博覧会」に招待されたことを機に、その後3年間に渡って、彼の目を奪った江戸の香りが色濃く残る日本の景色を描き続けることになる

(suzukichiyoから)

hapirai:

私たちが知らない江戸「日本を愛した19世紀の米国人画家」が描いた、息遣いすら感じる美しき風景:DDN JAPAN

なんだこの生々しさ

僕らが知る “江戸” とは違う風景。19世紀の米国人画家 ロバート・フレデリック・ブラム (Robert Frederick Blum) は、1876年「フィラデルフィア万博」で日本文化に衝撃を受け、いつかその地を踏むことを夢に抱いた

14年後の1890年、上野で開催された「第三回・国内勧業博覧会」に招待されたことを機に、その後3年間に渡って、彼の目を奪った江戸の香りが色濃く残る日本の景色を描き続けることになる

(suzukichiyoから)

ノーベル賞取った山中教授は昔整形外科医で、手際が悪く役に立たなかったらしい。 その時のあだ名は「ジャマナカ」 我慢して整形外科医を続けてたらiPS細胞が生まれることはなかった。 そう考えると、 「若者はすぐ会社を辞める。我慢が足りない。」という意見は馬鹿馬鹿しいと思う。

11  都くん(茨城県) :2011/01/14(金) 09:44:20.41 ID:nfQaTMCV0

私が子供のころ、大正末年から昭和初年にかけては子供に新聞を読むことを禁じる家庭が
まだ沢山あった。新聞はうそを書く、誇張する、好んで醜聞を掲げる、大人はそれがうそ
または誇張だと察することができるが子供はできない。故に大きくなるまでは読ませない、
記事は選んで家長が読んでやるという家があった。これは明治時代からの名残で、昭和
十年代まで子供だった友に聞いたら、自分も読むことを禁じられていたと答えたから、
そのころまでそんな家があったと分かる。
(略)
 戦後新聞が読まれなくなったのは、小学校の先生が読め読めと強いたからである。ことに社説
を読めと読ませ、果ては「天声人語」を写させ感想を書かせたから、それで日本中の子供は
新聞嫌いになったのである。
 読むなと禁じればかくれてでも読む。読めと命じれば読まなくなるのが人間の常で、
なぜ読めと言ったかというと、新聞は常に進歩的で日教組や国労の主張を支持してくれた
からで、毎日それを子供に読ませればいずれ天下がとれると思ったのである。
だから新聞を読ませたければもう一度読むことを禁じるのがいいのだが、いくら禁じても
あの社説では読むものはあるまいと思われる。

山本夏彦「私の岩波物語」文春文庫より

明日発売のiPhone6に銀座で400人が並んでいるそうである。「こいつらアホか」と呆れると後輩から「今並んでるす」とメールがあった。「貴様iPhone好きなのか?」と聞くと「銀座にテント張って寝られるのってこんな時だけすから。並ぶだけで買わないすけど」なかなかに文学的な男である

平均余命という、味気ない統計データに惑わされてはいけない。平均余命80年とは、「人間としての正規のコンディションが80歳まで延長した」という意味ではなく「60歳になってからの余生が20年増えた」と捉えるべき数字だ。身体が衰え始める時期も、脳が保守化していく時期も、実際にはたいして延長していない。三十歳になれば白髪が目立ち始めるし、やがて男女ともに生殖能力が衰えてゆくのが定めだ――ここのところを勘違いしたまま年を取って困っている人が、今日日は多すぎる。

FCバルセロナがカタルーニャの象徴なのはおかしくない
おかしいのは日本のクレヨンしんちゃんが(一部で)カタルーニャ独立の旗印になっていること


445 名前:名無しの愉しみ[sage] 投稿日:2014/09/18(木) 01:14:43.70 ID:???
»444
これ日本人にとっては不思議に思えるけど、色々と複雑な事情があるんだよ

アメリカ式の自由なテレビ放送を受け入れた日本と違ってヨーロッパはテレビ放送が長らく国営に限られてた
80年代に入ってから次第に民放チャンネルが出来てきたんだけど、
番組を自作する力が無い上にアメリカ製の良コンテンツは国営放送が独占していて、契約料も高くて手を出す余地が無かった
そこで当時放送事業に進出し始めていた、イタリアのあのベルルスコーニが目をつけたのが日本のアニメ番組
契約料が安いしアメリカの作品並に質も高かったから

その後ベルルスコーニが他のヨーロッパ諸国の放送局も買収してイタリアでの日本アニメ成功の流れが波及して、
フランスやスペインでも日本アニメがどんどん放送されて人気を得るようになる
その中でスペインでは立場の弱い地方局が日本アニメを積極的に買い付けて地方言語に吹き替えるようになって、
結果としてフランコの独裁政権下で追いやられていた地方言語の復権に部分的に寄与した
言語の継承において一番大切なのは子供に受け継いでいくことだからね

だから子供の頃日本アニメの吹き替えで自民族の言葉に親しんだ世代にとって、
クレヨンしんちゃんら日本のアニメキャラはナショナリズムと密接に結びついてる
外国製のキャラクターがシンボルになってるのは本当に奇妙だけどね

去年同じスペインのバレンシア州で地元テレビ局が強制的に閉局された際に起きたデモでも
「私たちは悟空からバレンシア語を教わった」とドラゴンボールの悟空の絵を掲げている人達がいた

伊集院光:周富徳さんが亡くなって。意外なところかもしれないですけど、僕、周富徳さんの言ったことで、スゲェ俺の中で座右の銘とまではいかないまでも、「はぁ~、そういうことか」って思ったことがあって。

落語家時代に、師匠にスゲェ言われたんだけど、一切分からなかったことで、落語を辞めたあとに、周富徳さんに言われて「そういうことか」って分かって。

周富徳さんって、千種類くらいの中華料理のレシピが全部入ってるっていう風に言われてて。下手したら、もっと覚えてたらしいんだけどね。凄い量のレシピが入ってるって言うわけ。

落語の凄い名人も、千とまでは言わないまでも、数百って台本が頭の中に入ってる、と。それをどうやって覚えたら良いかってことに関して、若手の頃の俺にしたら、分からないわけ。5個目のネタを教わると、1個目のネタを忘れてたから(笑)

サボりサボり、30~40のネタを教わったと思ったけど、できるのは…在庫は5個(笑)だから新しいプログラムを入れる前には、昔のプログラムを消さなきゃいけなかったから(笑)PS3廉価版って感じで(笑)ウチのPS3は容量、少ないヤツだからって感じで(笑)「うわぁ、どうしよう、みんゴル消さなきゃ」って感じだったんですよ。

それで、落語は辞めてしまった後なんだけど、周富徳さんに会って、その話にたまたまなって。バラエティの内容自体はスゲェくだらないと思いましたけど(笑)それで、「どうやって覚えるんですか?」って話をしたら、「(細かい)レシピは覚えていない」って言うのね。

でも、「千種類の中華料理の味は覚えている。味と食べた記憶の見た目は覚えている。そうすると、自ずから『この味とこの色を出すには、これとこれが要る』ってことが分かる。その後は、中華料理のルールに従って、『この食材とこの食材は、こちらを先に入れる』とか、『これにこういう味をつけるには、この下ごしらえをする』って分かる」って言うのね。

たとえば、写真とかムービーの圧縮技術もそうだと思うんだけど。1秒間に30~40コマの写真をバカ正直に全部取り込むとデータ量は増えちゃうけど、ずっと10秒間に渡って黒の点に関しては、「ここはずっと黒」って書いちゃえば、そこに「黒、黒、黒…」って書かなくて良いわけじゃん。1枚目に「ずっと黒」って掛けば、2枚目以降はその一行で済むのと一緒で。

レシピの圧縮技術みたいなことじゃん。そのことを聴いて、なんか俺の中で喋るってことも、覚えるってことに関しても、ちょっと革命みたいなことがあったの。

構成(作家)の渡辺くんはキョトンとしてますけど、電車マニアの渡辺さんに分かりやすく説明するなら、要は、日暮里と西日暮里を覚えるときに、「日暮里、西日暮里」って覚えると、7文字のことを覚えなきゃならない。でも、位置関係の公式が入っていれば、日本橋と東日本橋もそれで覚えられるってことになるんですよ。

そんな簡単なことなんだけど、「基本のルールが入りさえすれば、後はそんなに細かに覚える必要はない」って思って。落語の口調とか喋るリズムのルールをちゃんと覚えていれば、毎回、毎回、セリフを覚えることじゃないってことが分かって。「分かった~3年前に分かってればぁ~」ってことを思い出したのとともに、ご冥福を祈らせていただくのが、こんなに番組前半で入っていいのか、そんなにしんみりして良いのかってことですけど…ご冥福をお祈りします。